ニューヒーローの時代

 天才と変人は紙一重と言われるように、天才と言われる人たちは人格が破綻していたり、破天荒だったりすることが当たり前のような風潮が少し前まであったように思う。しかし、天才は同時に人格者でもある時代がきているのを感じる。私が最初にハッとしたのは、大谷翔平選手。私は直接、お会いしたことはないが彼の周囲からの評判を聞くに、人柄も素晴らしく、こんなに完璧な人間がいるのだろうかと感じる。良い人感が画面越しでも伝わってくる藤井風くんもそうだ。あんなに人気があるのに奢ることなく、礼儀正しく、きちんとしていると友人談。東京大学発の社会人バンド、Penthouseも仲良さそうな雰囲気が伝わってくるし、天は二物を与えるのだと思わざるをえない。

 少し前にふと目にしたテレビで、t.r.f.のDJ KOOがアーティストとは変わっていなければいけない!と思っていて、外で白米を食べない、楽しい飲み会でも、突然、帰るなど変人キャラを貫き通していた時代があったと語って爆笑を誘っていたが、そう振る舞うことを求められる空気が、時代のどこかにはあったのかもしれない。今の時代は、明らかに、ちゃんとしている人の方が素敵だし、平和!LOVE&PEACE♡を臆面もなく叫べる人がかっこいい、とてもいい時代になったのを感じるし、未来は明るいと感じている。

 それと矛盾はしないが、一方で人はどこかでロックンロールを求めているのではないか。エネルギーの塊、生き様みたいなものを求めているのではないか、そんなふうに感じる時もある。それは、一昨年、昨年とオンラインで開催されたフジロックフェスティバルで、フジロックといえばのレジェンド、忌野清志郎の枠が設けられていた。時代は清志郎のエネルギーを求めているのを感じたからだ。

 大谷選手や風くんのようなニューヒーローの作るキラキラした未来、あたたかさと共に、清志郎のもつ唯一無二の存在感、反骨精神がありながら、あったかいエネルギーを今こそ大事にしたい。そんなふうに感じる。

 時代は加速度的に進化しているはずなのに、今も世界では戦争が続いている。世の中がどんどんおかしくなっている。晩年、清志郎がライブ会場でそう観客に向かって問いかけた、あの頃以上に世界は狂ってしまっている今、みんなに聞きたい。

 愛しあってるかい?

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