世界は変えられる

 世界の常識、様相やルール、そういった大枠はなかなか変わらないように見える。だが、実はある日を境に一瞬で変わる可能性がある。今回、世界でほぼ同時に起こったパンデミックは、これまでの暮らしのあり方を一変させた。普段、他人と同じ世界に生き、同じものを見ているように思っているが、実は人によって見えているもの、生きている世界は全く異なっていることを、この2年ほどの様々な出来事から感じた。

 例えば、以前使っていたiPhone 8で撮れる写真の質が、格段に向上しているのを感じた日があった。私の撮影技術は変わらないし、レンズなどハードも変化していないのだが、それまでよりも綺麗に写る。ソフトウェアのアップデートにより画像処理性能が上がったからだと友人から説明されたが、逆に彼は私に言われて初めて、変化を認識したと言われた。私の目に映る世界と、他者の目に映る世界は違っていることを改めて考えた瞬間だった。そんな中、2021年を通して私が学んだことは、誰でも、今、この瞬間から、世界は変えられることである。

 世界のありよう、見え方というものは、自分の心というフィルターがかかり、それぞれが自分のフォーカスしたい物事をクローズアップする。美しいものに目がいく人は世界を美しく感じるだろうし、その逆も然り。良いことを中心に物事を捉えている人は良いことしか起こっていないように感じるだろうし、悪いことに注目している人は良いことが見えなくなっている可能性もある。自分は不幸だと感じている人が他者からみたら、幸運に溢れた日常を送っているように見えることもあるだろう。世界は自分の鏡とはよく言ったものだと思うのだが、自分の課題が他人を通して見せられることもある。それは自分の持つ要素に、知らず知らずフォーカスして、他人を見ているからかもしれないし、自分が課題だと感じる部分でもあるから、人のその部分が気になるのかもしれない。もし、今の自分の環境に不満がある人がいるのならば、少し見方を変えてみてはいかがだろうか。それでも不満しかなければ、環境を変えてみることをオススメする。

 私はこれまで日々の生活に特段不満があったわけではなかったのだが、20代の頃のように何かに夢中になる、楽しくてたまらなくて、充実していて毎日が一瞬ですぎていく、感覚はここ数年失っていた。その感覚はニューヨークに住んでも思い出せず、代わりに何気ない毎日の素晴らしさに気がつくことができるという最大のギフトをもらったが、夢を追い求める人の街を離れることにした。帰国し、楽しい毎日を過ごしていたが、昨秋、一気にフェーズが変わった。そして、今、人生って何て楽しくて幸せなんだろうと日々、改めて感じている。さらに、新たな出会いやポジティブな思いをシェアできる友人、知人に囲まれて、これから先も楽しくなる予感しかない。

 まさに、楽しい、キラキラしたフィルターがかかった状態、スーパーマリオブラザーズ(古っ!)でいえば、スターをとった無敵状態な気がする。(https://youtu.be/EjgVLcfTrTA)これから、LOCUSを読んでくださるみなさまと共に、楽しい人生、楽しいことを沢山シェアしながら、生きていけたらと思っています。これからどうぞよろしくお願いいたします。見るだけで元気をもらえるような気がする美しい富士山と共に。

                                     2022年4月吉日
                                       吉田けえな

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